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【知らないと損するタイ進出情報】タイの財閥研究 バンコック銀行グループ

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タイ最大の市中銀行で、世界の大手銀行にもランクインされたのがバンコック銀行。
その名称から中央銀行と勘違いされることもあるが、戦時中に設立した商業銀行で、97年の通貨危機でも国有化されることもなく存続を果たした。
2014年に開業70周年を迎え、開放の進む隣国ミャンマーやベトナムなどへの進出も盛ん。
1000店を超える支店網、海外14カ国に展開するタイのメガバンクは巨大金融財閥の頂点に立つ。

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バンコック銀行は1944年、バンコクの中華街で開業した。
戦時中にタイ国内にあった地下組織「自由タイ」のメンバーらが設立に尽力。
創設者は官名を持つルワン・ロープルーキット。
行員20数人でのスタートだった。
ところが、ルワン頭取ら経営陣が不動産投資に失敗、巨額の損失を計上すると、発起人の一人だったチン・ソーポンパニットが2代目の頭取に就任した。
これが、今日まで続くソーポンパニット家による支配の始まりである。

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チンは1910年、トンブリ県の生まれ。
父は中国潮州の出身で、幼少期は中国で祖父母と暮らした。
このためタイ語が苦手だったが、タイに戻ってから勤めた木材店で勤勉さが認められ、夜学に通ってタイ語を会得した。
29歳の時にはソーポンパニット財閥の源流である貿易会社「亜洲貿易」を設立したほか、官庁に事務用品を納入したことがきっかけとなって政官界に太い人脈を築いた。

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バンコック銀行の頭取に就任したチンは、財務基盤の強化を図るため大規模な増資を決断。
自らのパイプを駆使して増資分を商務省に引き取らせることに成功した。
また、政治に強い影響力を及ぼしていた陸軍ラチャクルー派の幹部を経営スタッフに招聘し、事実上の官民合弁化を進めた。
この頃までに、貴金属商、保険、コメ輸出、倉庫業など多彩な事業分野にも進出した。

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サリット元帥によるクーデターでラチャクルー派が追放されると、親しかったチンも一時、タイを追われ香港に。
ここで今日に至る香港事業の基礎を築く。
サリットの死去後はタイに戻り、教育を終えた自らの子供たちを次々と要職に据え、「血の支配」による経営を行った。
チャートリー現会長はチンの二男。
頭取のチャートシリ氏は、その息子にあたる。
香港事業はチャートリー会長の兄ロビンが継いだ。

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バンコック銀行は50年代から60年代にかけてはコメ輸出業を、70年代には繊維産業をそれぞれ積極支援し、成長を続けた。
70年代に掲げた長期計画は「Bigger is Better」。
一方で、重化学工業化が進んだ80年代半ば以降は「質の向上。収益性の改善」とし、堅実な経営に切り替えた。
石化プロジェクトへの事業融資を進めたのもこの頃だった。
通貨危機でも存命しえた背景には、こうした体質改善があった。

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近年は豊富な筋力を背景に海外進出も進めている。
東南アジアではブルネイを除く8カ国に支店を開設するなど積極的な融資展開で知られる。
傘下のバンコク生命保険もラオスやカンボジアに支店を置くなど保険サービスの掘り起こしを進める。
タイ国内では三井住友銀行と提携するほか、電子商取引市場にも関心を示している。
軍上層部との関係も深い。
(敬称略。写真は銀行の資料から)

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