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【知らないと損するタイ進出情報】タイの財閥研究カシコン銀行グループ

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緑地にKのマークでお馴染みのカシコン銀行グループ。
前身を「タイ農民銀行」と言った金融コングロマリットは、銀行、保険、不動産投資など幅広い事業活動で知られるタイ屈指の金融財閥。
日本人の利用者が多いバンコクのサミティヴェート病院の設立母体となったと言えば理解は早いだろうが、数あるタイの財閥の中でも最古参のグループに属するなど100年を超える古い歴史を持つことは意外と知られていない。
「タイの財閥研究」の今回は、材木商に始まり、行員わずか21人でスタートした金融グループが、タイ有数の財閥に成長していった過程を前史とともにお伝えする。

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カシコン銀行グループは、創業者伍蘭三(ウン・ラムサム、本名:伍淼源)の名を採って「ラムサム・グループ」とも呼ばれる。
日本の明治維新期に相当するラーマ5世治世下の19世紀末から20世紀初めに誕生した。
記録に残るグループの源流はチーク材などの取扱商社「廣源隆」。
設立は1901年とされている。

グループは、他の財閥と同様に一族出身者がポストを独占することで結束を固め、成長を続けた。
現在のCEOのバントゥーン氏は、ラムサムから数えて5世代目。
この間、一部の優秀な外部登用はあったものの、経営の中枢には一貫してラムサム家の長男の姿があった。
典型的な“長子相続”財閥と言える。

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ラムサム家は、タイの華人社会の中でも強い影響力を持ち続けた。
同家の出身は中国広東省梅州市。
圧倒的に潮州閥(広東省潮州市の出身者)が多いタイにあって、梅州閥の人口はその4分の1ほどにしか及ばない。
だが、それが逆に同郷出身者の結束を強めた。
「中国のユダヤ人」などと呼ばれることのある客家系華僑。
その中心的な役割をラムサム家が果たし続けてきた。

チーク材の商いから始まったラムサム家。
1920年代から30年代にかけては、利幅の大きい精米とコメの輸出で富を蓄えた。
この間、一族の担い手は、創業者ラムサムから第二代総帥佐南(スナム)、さらに孫の柏林(チョート)へと世代を変えていった。
いくつもの貿易商社を設立、30年代半ばにはタイのコメ輸出業界で最大手とされるまでに成長を遂げた。

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初めての転機となったのは、38年末のピブーンソンクラーム内閣の誕生だった。
母方がタイ民族の血を引く首相ピブーンソンクラームは当時、陸軍大将(のち元帥)。
愛国的な政策で知られ、「サヤーム」から「タイ」への国名の変更、中華系国民のタイ同化策を強硬に推し進めていった。
主要な国の産業である精米や貿易についても例外なく国家の直轄とし、中華系資本の排除に乗り出したのだった。

それまでコメ市場を実質的に支配してきたラムサム・グループなど中華系財閥は、事業の転換を余儀なくされた。
彼らが目を付けたのは、まだ国家の規制が緩かった金融と不動産。
コメ取引で蓄えたカネを銀行設立の資金に回したほか、余剰資金を使ってバンコク中心部の用地を買い求め、後にこの土地を使って商業展開が進んだ。

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こうして、第2次大戦をはさんだわずか数年間で10近い地場銀行と20数社に上る保険会社が設立された。
この時に誕生したのがタイ農民銀行(現在のカシコン銀行)であり、同じグループのムアンタイ生命保険だった。
「農民」の名を入れたのは、戦後の復興には農業の振興と輸出が欠かせないと3代目チョートが判断したためである。

豊富な資金を背景に、ラムサム・グループは事業の多角化を目指した。
貿易、海運、武器輸入、倉庫、損保、リース、通信、不動産…。
外国資本との合弁事業にも積極的で、タイヤ製造や缶詰製造、油脂製造の会社も次々と設立していった。

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金融市場を足がかりに、投資証券市場や住宅金融市場などにも惜しみなく資金を注入。
巨大金融コングロマリットとしての地位を不動なものとした。
こうして作られたグループの傘下には、銀行、保険のほか、英企業との合弁総合商社ロックスレーやファイナンス事業のPhatra Thanakit 、TISCO(のち売却)、不動産のサンシリ・グループ、食品加工のサイアムフーズなどが名を連ねた。

カシコン銀行グループは、事業拡大の一方で、本業である銀行業の見直しや効率化にも注力を惜しまなかった。
チョートの長男バンチャーの時代、近代的な金融理論を学んだ若手バンカーを積極登用し、監査制度の強化や報償金制度の導入など経営の合理化を進めた。
銀行名称の変更(CI)や資金管理システムのOA化、国際進出にも積極的で、海外銀行との提携には今なお余念がない。

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こうして、大半の市中銀行が国有化されるという、第2の転機となった1997年の通貨危機をも自力で脱出。
首位を走るバンコック銀行に迫る成長を遂げることができた。

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カシコン銀行のバントゥーン現CEOは「自分はラムサム家出身の最後のCEO」と公言してはばからない人物とされる。
すでにグループの大半の株式は市中に放出されており、一族の支配する株式は数%程度と見られている。
外資の受け入れも積極的で、外国人役員の招聘にも意欲を見せる。
カシコン銀行グループが真のナショナルバンクに発展するかどうかは、次の第6世代の体制がどう描かれるかにかかっている。

 

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