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ゆっくり流れる時間、優しさと微笑みが溢れる国 「ラオス人民民主共和国」

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ASEAN(東南アジア諸国連合)10カ国で唯一の内陸国であり、
国土の70%が高原及び山岳地帯であるラオス人民共和国、通称ラオス。
インドシナ半島の中心に存在するラオスには5カ国(中国・ベトナム・カンボジア・タイ・ミャンマー)との国境が存在しています。
良好な治安・穏やかで物静かな国民性・素材を引き立てる料理等、現地に行った経験がある日本人は概ね親近感を抱く傾向となっています。
今回はASEAN唯一の内陸国であり、観光産業において目覚ましい成長を遂げているラオスの魅力について迫ってみたいと思います。

ラオスについての基本情報

国名:ラオス人民民主共和国
略号(ISO):LAO/LA
人口:約6,911,544人(2015年時点)
面積:約236,800㎢(日本の本州と同程度)
首都:ヴィエンチャン
公用語:ラーオ語
宗教:上座部仏教・アニミズム・キリスト教
特徴: 地方に議会を設けていないラオスでは県知事を国家主席・郡長を首相がそれぞれ任命する【中央集権的地方行政制度】をとっており、行政及び政治においての権限及び財源は全て中央政府に一元化されています。
また、2015年にはイギリスの旅行雑誌ワンダーラストから【満足度の高い観光地1位】と評された世界遺産のルアンパバーンをはじめとする歴史を感じる事の出来る街並みに、
近年では【東南アジア最後の桃源郷】とも呼ばれています。

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ラオスと日本の関係

ラオスと日本は1955年に国交を樹立し、1957年には当時の首相である岸信介氏が日本の要人として初めてラオスを訪問。
以降も当時の首相である佐藤栄作氏・小渕恵三氏・小泉純一郎氏が訪問し、2012年には皇室より公式訪問として皇太子殿下が初訪問しています。
日本は1976年よりラオスに対し文化無償協力を行っており、
文化遺産の保存・スポーツ交流・人材育成等、様々な分野で交流を行っています。
また、ラオスにとって日本は世界最大の援助国となり、
2012年時点で1584億円(有償含む)の資金協力・及び607億円の技術協力を行い、2003年には技術協力協定・2008年には投資協定が締結されています。
2010年以降は安価な労働力を求めた日本企業の進出も見られており、2020年代の賃金予測においてもラオスは優位を占めています。

ラオスの食文化

ラオス国内においての食文化としては主食に【カオニャオ】と呼ばれるもち米、代表料理として【ラープ】と呼ばれる刻み肉・ハーブ・ライムジュース・スパイスを使用したサラダ、【オーラム】と呼ばれるスパイシーなハーブと肉を煮込んだスープ、【モック】と呼ばれる魚介類を野菜・ハーブと混ぜてバナナの葉で包み、蒸すor炭火で焼く料理等が挙げられます。
また、近年では【OISHI】というペットボトル緑茶(大量の砂糖入り)が人気となっており、海外の食文化への関心も徐々に高まってきている事が伺えます。

ラオスの歴史

ラーンサーン王国時代・三王国時代・フランス植民地時代・ラオス王国時代を経て現在のラオス人民民主共和国が誕生したのは1975年となります。
ラオス王国からラオス人民民主共和国への移行は大きな衝突もなく行われた事から【静かな革命】と呼ばれていますが、当時の国内は官僚・富裕層・タイ人・華僑等の国外逃亡(国への不信が原因と言われています。)により、経済及び行政は麻痺状態となっていました。
更に、隣国タイによる国境封鎖・先進国からの援助停止と国内農業の大凶作が重なり深刻な物資の不足にも陥っており、1975年はまさに混乱状態となっていました。
政府はこの状況を打破する為に翌年の1976年にヴィエンチャン・及びアンパバーンに国営商店の開設・物資の退蔵や価格操作禁止の法案成立・配給制度の実施・通貨改革の実施等、短期間にこれらの対策を行う事により、徐々に改善の兆しを見せていく事となります。
更に翌年の1977年にはベトナムとの間に【ラオス・ベトナム友好協力条約】が締結され、国家建設に必要な資金の援助、文化・教育・技術に関する専門家派遣を受け入れる体制を整える事に成功します。
これらに加えてソビエト連邦・中国との関係強化にも着手し、当時のラオス要人(カイソーン書記長等)が頻繁にモスクワや北京へ訪問・会談等を行う事により両国間の全面協力体制樹立へ向けての明るい兆し(共同声明の発表等)を見せる事にも成功します。
こうして国の内政・外交の礎を築いた後、1979年に更なる経済活性化を図る自由主義経済原理の導入を目的とした【新経済政策】を閣議決定、これに伴いキープ紙幣の100対1というデノミネーションを実施し、インフレーションの抑制を行います。
結果として翌年1980年にはラオスの米生産量が100万トンを突破する事となり、以降緩やかにではありますが着実に国力を伸ばしていく事となりました。

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ラオスの今後の展開

近年の経済成長は目覚ましいものとなっており、2016年も経済成長率8%弱という以前の中国にも勝るとも劣らない驚異的な数値を叩き出しています。
これらの根幹として現在まで、鉱山開発・水力発電といった資源開発、海外からの観光客により潤いが齎(もたら)されているサービス業が確認されています。
これより先は外資誘致を拡大させる事により活発となる製造業に期待がされており、現在では物流事情の改善・工業団地の整備を進めています。
タイより人件費の安いラオスは世界中から注目を集めており、
日本企業からの関心も急速に高まっていると言えます。
新たな市場を模索されている方は是非ラオスをアジア進出の足掛かりとされてみるのはいかがでしょう?

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