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【TOP INTERVIEW】株式会社ワンダーテーブル 秋元 巳智雄氏

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株式会社ワンダーテーブル 秋元 巳智雄

生年月日 1969年7月3日
プロフィール
主な店舗名 ロウリーズ、バルバッコア、モーモーパラダイスなど12ブランド
HP https://wondertable.com/

コンサルタントから飲食店経営まで、駆け抜けた20代

ー しゃぶしゃぶ・すき焼き専門店やクラフトビール専門店などの自社ブランドの他、シュラスコやプライムリブの専門店など海外で人気のブランドを国内外に120店舗以上展開する「株式会社ワンダーテーブル」。秋元社長が飲食業界に入られたきっかけとは?
15代続く地主の次男で生まれ育ち、両親はライフワークで農業も営んでいたため、実家で採れた野菜を使った母の手料理を食べることが私の日常でした。今で言う「地産地消」「スローフード」のような食生活を自然と行っていたので、「食」へのこだわりや興味は幼い頃から身に付いていました。そのため、大学時代に飲食店でアルバイトをした時には、飲食業は天職だと感じました。

ー なぜ、天職だと感じたのでしょうか?
実は、幼少期は親戚から「商売人に向いているのでは?」と言われるほど、自然と周りに人が集まるような愛想のいい子どもだったのです。こだわりを持っていた「食」と、人と接する「接客」がミックスした「飲食業」は、見事に自分にマッチしていたのです。おかげで、学生バイトながら時間帯責任者ができるマネージャーの職務をいただき、お店のマネジメントだけでなく、新店舗オープンの際にはFCオーナーや店長の研修、トレーニングも行っていました。

ー 学生バイトで、店舗の一部運営にも携わっていらっしゃったのですね!
そうですね。お客様へのサービスだけでなく、リアルなビジネスを経験することができました。卒業後は外食や商業のビジネスのプランニング、プロデュースを行う会社に就職。そこで、企画、プロデュースの他、コンサルティングの一環として、サービス力研修で飲食店のサポートを行っていました。この時のクライアントの1つが株式会社ワンダーテーブルの前身であり、当時海運業をメイン事業とした「富士汽船」でした。歴史のある会社でしたが、バブル崩壊後に伸び悩んだ業績の立て直しとして、飲食事業を推し進めていました。私自身は、同社を含むたくさんの企業のサポートを3年半ほど担当していました。将来に向けて転職を考えていた時に声を掛けてくれた企業がいくつかありました。その中で一番可能性を感じ、一緒に働きたい仲間がいる富士汽船への転職を決断しました。

ー 転職を考えた際に、独立の道はなかったのでしょうか?
実は会社勤めをしながら起業し、友人たちと飲食店を3店舗経営していたのですが、売上も規模も大きくなく、人手が足りないと朝までヘルプに入ることもありました。その会社を続けることはできたと思いますが、資金繰りに追われる人生になるのでないかという不安もありました。まずは、実力をつけることが先だと痛感し、この事業を精算。1996年に入社したのが、前述の富士汽船です。



海外ブランド誘致におけるポイント

ー 入社してからは、どのようなことを行われていたのですか?
営業店舗のサポートをする部署のアシスタントマネージャーを行いつつ、新しいブランドを始動させるための部署を新設しました。物件探し、企画提案、人材募集から面接までを自分で行い、新しい取り組みを始めることで会社の風土を変えていこうと、当時取締役だった林と二人三脚で事業を進めていましたね。2000年には、海運業から撤退し、飲食業を主とする「ワンダーテーブル」へと社名を変更しました。私はアシスタントマネージャーからスタートし、入社して6年後に取締役に、その10年後には社長に就任しました。

上質な洗練された空間で、時間をかけ低温調理されたプライムリブを提供する「ロウリーズ・ザ・プライムリブ」

ー 入社から16年で社長に!順調にキャリアを積み上げられたモチベーションとは?
新しいブランドを立ち上げて、お客様に喜んでいただけるお店を、勢いのある会社を作りたい、という想いを持って仕事をしていました。その一環として、海外の専門性が高くユニークなブランドを日本に誘致する事業を推進しています。ブラジルから誘致したシュラスコを提供する「バルバッコア」は、私がワンダーテーブル入社前に研修していたお店です。他にも多数海外ブランドを日本で展開していることで、世界各国の食文化を日本のお客様に楽しんでいただいております。

ー ブランド誘致、海外進出に本腰を入れられたきっかけは何かあったのですか?
自社開発ブランドだけではない強みになると考えたからです。誘致に関しては、誰でも真似できるブランドではなく、他の会社がなかなかできないような有名店を日本で育てていきたいと思ったからです。
また、海外出店に力を入れるようになったのは、2011年の東日本大震災がきっかけです。当時はリーマンショックで受けた大打撃の影響で上場廃止、店舗縮小を行っている最中の出来事で、震災の影響による消費低迷に加え、計画停電が行われ、売上が落ち込んだ店舗もありました。それ以前も台湾、タイなどに出店していたのですが、海外店舗があるとリスクヘッジができるとより実感した瞬間でした。

インドネシアの首都、ジャカルタにある大型ショッピングモール「Summarecon Mall Kelapa Gading」内にある「Mo Mo Paradise」
この記事を書いた人(著者情報)

rin

教えてASEAN編集部として日々経営者の方にインタビューさせていただいております!

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