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【TOP INTERVIEW】株式会社55style 澤竜一郎氏

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この度、オンライン書籍を発売いたしました!
第1弾海外戦略に澤社長のインタビューが掲載されています。
新型コロナのパンデミックをどのように乗り超えたのか、ここでしか読めない内容も盛り込んでおりますので、ぜひ、ご一読ください!

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脱サラし、未経験からラーメン店主へ

ー その日の温度や湿度に合わせて毎朝職人が手打ちする麺と、大量の玉ねぎを投入し2日以上煮込むことで深みのある味わいを生み出すスープが人気のラーメン店「フジヤマ55」。澤社長がラーメン業界に入ったきっかけとは?
大学を卒業後、ゼネコンに就職しました。当時、趣味といえば「休日にラーメンを食べ歩くこと」という、いわゆるラーメンオタク。就職して5年ほどが経過したころ、久しぶりに帰省したら、自分にとっては衝撃的な出来事がありました。それをきっかけにラーメン店を目指すように。開業に十分な資金が貯まっていたこともあり、脱サラしてラーメン店をオープンすることを決めました。

ー 久しぶりの帰省で起こった衝撃的な出来事とは?
実家は洋品店を営んでいたのですが、久しぶりに帰省するとラーメン店に変わっていました(笑)。父は、昔から希望していたラーメン店の経営という夢をかなえていたのです。このことから「好きなことを仕事にしてもいいんだ」と強く感じ、私の運命を変えることになりました。
前述しましたが、私はラーメンオタクです。年間600杯以上食べ歩き、人一倍ラーメンに対するこだわりを持っていると自負しています。そんな私からしても、両親のラーメンはおいしかったです。洋品店からラーメン店という、まったく異なる業態に転職した父の努力を垣間見ました。その姿に、「自分も努力すればこだわりの1杯を作れるのではないか」と思い、ラーメン店を経営するという「やりたいこと」にチャレンジすることにしました。

ー 実際にチャレンジされてみていかがでしたか?
感覚だけではなく、図書館で本を読んで勉強をして知識を豊富に蓄えたり、独立に向けて近所のラーメン店数軒でアルバイトをしたりもしました。どのような店をオープンするか検討した際に、ラーメンオタクだった私は、他では食べたことのない新しいラーメンを提供する店を立ち上げたいと考えました。そのため当時は、あまりメジャーではなかった「野菜を熟成させ存分に甘みを引き出したスープ」をベースとしたラーメンを生み出すことに。納得のいく自信作が完成したので、2003年9月にお店をオープンさせました。

あっさり醤油ラーメン
あっさり醤油ラーメン

データを駆使したIDラーメンで店舗数増加

ー 初めてのラーメン店のオープン。周囲の反応はいかがでしたか?
納得のいく自信作を引っ提げての独立だったということもあり、瞬く間に繁盛店へ。取材を受けるほど好調でした。データ作成や分析が得意という学生時代に培った技術を生かしたこと、自分で作ったラーメンを数値化し、フォーマット化したことなどが理由だと考えています。

ー ラーメンを数値化とは?
それは企業秘密なので詳しくはお話できませんが、私以外のスタッフなど、誰が作っても当社の味を出すことが可能になりました。といっても、初出店当初は多店舗展開の予定はなく、1店舗オーナーで良いという考えでした。しかし、当社のラーメンを食べた方から「作り方を教わりたい」という話をいただくことが増え、地元・名古屋でフランチャイズ(以下FC)で店舗が増えていきました。

海をイメージした一杯「海老つけ麺」
「海老つけ麺」
この記事を書いた人(著者情報)

rin

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