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【タイ】【知らないと損するタイ進出情報】タイの財閥研究サハ・グループ

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1966年のタイライオン(泰国獅王牙膏有限公司)の設立を皮切りに、ワコール、明星食品、キューピー、ミズノ、イトキン、HOYA、大塚製薬、グンゼ、蛇の目、ビッグエコーなど数多くの日本企業との合弁事業化を進めてきたのがタイの中堅財閥「サハ・グループ」。
その礎を築いたのが、「消費財王」として知られるティアム・チョークワッタナー(Thiam Chokwattana、中国名:李興添)だ。
2015年はティアムの生誕100年。
これを前後にグループは、バンコク東部シーラチャーで工業団地や大規模ショッピングパークをオープンさせるなど経営の多角化も進めている。
日本企業に最も身近なサハ・グループが今回のテーマ。
(敬称略)

2017-10-29

ティアムの父・李福表は中国潮州の出身。
タイに渡り、苦力(クーリー)として働いたのちに輸入雑貨店を始め、当地でティアムが生まれた。
15歳の時から家業を継いだティアム。
顧客の勝手口を訪ねるなど当時は珍しい「三河屋」商法で事業を拡大していった。
1942年に独立。
後にグループ中核企業となるサハパッタナーピブン社(49年設立)の前身「協成昌行」をバンコクに設立すると、日本の三井財閥などから衣料品や歯ブラシ、ベルト、靴などといった生活物資を仕入れ、末端消費者に販売することで財を蓄えた。

 

戦争が終わってもまだ政治的に混乱していたタイでは、通貨バーツが国際競争に左右され、急激な下落となることも珍しくなかった
一方で、国内市場では外国企業の進出が相次ぎ、現地生産品の登場で輸入品が価格競争に敗れることも少なくなかった。
こうした時にティアムが目をつけたのが外資との提携による現地化の道だった。
60年後半以降、サハ・グループは食品、医薬品、衣料、化粧品、生活雑貨、家電などの各分野で多くの外国企業と提携し、国内での現地生産を進めていった。

この記事を書いた人(著者情報)

kobori

2011年11月、タイ・バンコクに意を決して単身渡った元新聞記者。東京新聞(中日新聞東京本社)、テレビ朝日で社会部に所属。警視庁記者クラブで2・4課担当を通算4年経験。銀行破綻などの各種金融事件、阪神大震災、オウム真理教事件などの取材にも当たった。事件記者出身だが、取材対象は政治・経済、社会、科学、文化までなんでも。日本の新聞、雑誌、タイのフリーペーパーやウェブサイトなどでも執筆中。著述、講演多数。

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