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【TOP INTERVIEW】Sushi Hibiki 齊藤 誠氏

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知見や視野を広げるために海外で新たな挑戦 

― 産地にこだわった旬の食材を使い、素材の味を最大限生かした上質な料理を味わえる「おまかせ」コース3種類のみを提供する「Sushi Hibiki」。齊藤氏が飲食業界に入ったきっかけとは?
高校1年生から友人の紹介で都内の老舗すし店でアルバイトをし、卒業後はそのまま就職しました。修業から料理人になるまで、20年間同店舗で勤続していたのですが、周囲の老舗店が減っており、業界が厳しくなっていることを肌で感じ、今後に不安を抱いていました。その矢先に東日本大震災が起こり、改めて自分の人生を考えることに。それまでずっと地元にいたので、知見や視野を広げるため、海外に渡ることにしました。

ー どちらに行ったのですか?
フィリピンのセブ島です。当時34歳だったのですが、3ヶ月間語学留学しました。国外に出たのは学生時代に1度旅行しただけだったので、まさか自分が海外で仕事をすることになるとは夢にも思わなかったです。留学終了後は知人を頼ってオーストラリアのシドニーに渡り、すし屋でアルバイトをしたのですが、日本では経験できない出来事が起こりました。

ー どのようなことが起こったのですか?
シドニーの店舗では、すし職人として20年の実績を持つ日本人が入ってくると話題になっていたようで、実際に私も問題なく仕事ができると思っていました。
しかし、私が持っている技術では、高い評価を得られませんでした。なぜなら、評価の対象が「すしを握る技術」ではなく、「カリフォルニアロールを巻く速さ」だったからです。今までカリフォルニアロールを巻いたことのない私は、その店舗で数年働いているスタッフのスピードに到底かないませんでした。改めて海外に出て良かったと感じ、他の環境も見たいとイタリア、イギリスなど7ヶ国を回りました。

シャリと醤油とウニの相性が抜群で最も人気の鮨ネタの1つ「ウニ」

すしでできる表現の可能性を広げるために独立

ー 7ヶ国も巡られたのですか!?
ビザが許可されない、就職でだまされそうになるといったトラブルもありましたが、海外で飲食店の立ち上げを経験できたり、たくさんの人に出会えたりしたことは今でも自分の人生における財産です。1度日本に帰国し、国内で頑張ろうと大手ホテル内の高級すし店に就職。1年ほど責任者を務めたこともありました。その後ご縁をいただき、「すし麻布」がマレーシアに進出する際にオープニングスタッフとして渡馬。1年半ほど勤務して、すし店の立ち上げに携わってほしいとの話をいただき転職しました

ー 転職したいと思っていらっしゃったですか?
「自由にすしで、いろいろなことを表現したい」と考えたゆえの転職でしたが、クールジャパン機構の事業の一環として海外に出店しており、母体が大きいこともあり、制限が多々ありました。例えばケータリングをしてほしいというお客様からのご要望があっても、実現できなかったことも。1年半の勤務の中で業者の方などとも知り合うことができたため、独立という形での挑戦を決断しました。

― 新たな挑戦ですね。
そうですね。まずは、店のコンセプトではなく、物件選定からスタートしました。以前イスラエルですし職人をしていた時に出会ったお客様より学んだのですが、ユダヤ系の方は商売を始める際に、場所を選定してからコンセプトを考えるそうです。その場所に来るお客様のニーズから、人気になる商売を決めるのが成功する秘訣だと聞きました。私は、お客様との距離が近い小箱の物件を探していたのですが、マレーシアは広い場所が多く苦労しました。クアラルンプール中心地にある大手ホテル「Four Seasons Hotel Kuala Lumpur」内にちょうど条件に合う場所を見つけたので、メールでプレゼン資料を送ったところ、日本食が1店舗も決定していなかったこともあり、見事採用され契約。それから約2ヶ月で「Sushi Hibiki」をオープンしました。

「Sushi hibiki」外観の様子
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