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【TOP INTERVIEW】Kenji’s Lab 中山 健次氏

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映像制作マン?スノーボーダー?異色の経歴を持つ中山氏

ー かつ丼やうなぎ料理の他、ハンバーガーやグラタンなど、ジャンルを問わず日本で馴染みの味を異国で楽しめると人気の「Kenji’s Lab」。新型コロナ禍での新しい動きにも注目が集まっているとか。オーナーの中山氏が飲食業界に入ったきっかけとは?
高校生の時から、居酒屋のホールやピザ屋のデリバリーなど飲食店でアルバイトをしていました。大学に入ってからも飲食店やホテルの宴会場などで接客業をしていたため、常にレストランが身近でした。

ー そのまま飲食の道に進まれたのですか?
実は大学卒業後、映像制作会社に入社し6年間勤務しました。趣味としてスノーボードをやっていたのですが、映像制作の傍ら、大手スノーボードブランドの企業とスポンサー契約をして、海外を飛び回っていました。各国でおいしい料理を食べるのが楽しみでしたね。そんなある日、アラスカで昼はスノーボーダー、夜は料理人という方と出会い、再び飲食の道に舞い戻ることにしました。

ー 中山さんもスノーボーダー兼料理人を目指したということですか?
そうです。この時点で、まだ「スノーボードをやりきった」と思っていなかったことも要因の1つです。日中に料理の修業をする時間は取れないため、業務時間が確実に夜のみのスナックで働き始め、昼はスノーボーダー、夜は飲食業という日々が始まりました。その後、飲食の道一本にしようと和食店に就職するも、上司と反りが合わず8ヶ月ほどで退社。居酒屋などさまざまな業態を運営している会社を紹介していただき、そちらで働き始め料理も覚えました。そんなある日、スノーボーダー時代の仲間に声を掛けられて海外に行くことになりました。

とあるきっかけで渡泰することに

ー 海外のどちらに行かれたんですか?
友人の父親が売れっ子の店舗・内装デザイナーだったのですが、タイにオープンしたアジアンレストランで日本食の料理人を探しているというのです。タイでは日本食が人気のため、そのアジアンレストランで日本料理を提供するプランだったようです。海外に頻繁に行っていたため英語を少々話せたこともあり、その話を受けることにして2008年に渡泰しました。

ー 初めての海外での勤務ということで不安はありませんでしたか?
諸条件が良かったため、むしろチャンスだと思いました。しかし、2008年前後はタイで暴動やクーデターが頻発していた時期……。お客様はあまり多くなく、4年間勤務しましたが、状況はほとんど変わりませんでした。たっぷりの空き時間を有効活用しようと思い、レシピの試作をさせてもらっていました。実はその時に誕生したのが、現在の看板メニューである「秋刀魚燻製」です。

名物 秋刀魚燻製

ー レシピの試作をしていたということは、当時から独立を考えていたのでしょうか?
料理人一本で働くと決めた時から、独立することが前提としてありました。現地でできた同業者の知り合いに居抜き物件を紹介されたことをきっかけに、具体的に考えるように。結局条件が合わなかったため、その物件で出店はしませんでしたが、近々独立したいという想いは強くなりました。来るべき時のために調理器具などをコツコツと買い集め、職場の仲間に運ぶのを手伝ってもらっていました。すると、たちまち「日本人シェフが独立する」といううわさが店内で広まったのです。オーナーと話し合い、独立したいとの想いを伝えたところ、私の夢を快く応援してくださり、そのまま円満退社することになりました。

どんな時もしっかりとした軸を持つことが大切

ー 退社から独立まではどのようなことを?
2012年8月末に退職が決まっていたので、仕事をしつつ物件を探していました。8月上旬には条件に合う物件が見つかり契約。その物件の大家さんに内装業者を紹介していただき、すぐに工事をスタートさせました。現地の業者に依頼したため、開業資金は100万バーツ(約346万円)ほどでした。既にタイに来て4年が経過していたので、ある程度のタイ語を話せるようになっており、自分で業者と交渉できたことが良かったです。2~3ヶ月ほどで内装が完成し、12月にオープンしました。

1人でも多くのお客様と会話を楽しみたいと、客席が多くなるように工夫した「Kenji’s Lab」の変形カウンター

ー オープンしてからはいかがでしたか?
当時はスタッフがおらず、1人で切り盛りする店舗に知り合いが遊びに来るという状態でした。当然、売上が上がらず厳しい日々でしたが、「自分が通いたい、働きたい店をつくる」という軸だけはぶらさないと決めていました。
私はお酒を飲んでいる時につまみや主食など色々なものを食べたくなるのですが、同じ感想を抱いているお客様は意外と多いのではないかと考え、和洋、ジャンルにこだわらず料理を提供するように。この点も軸を意識した発想です。肴としてさまざまなメニューが楽しめることをユニークと捉えてくれる方が増え、徐々に客足が安定していくようになりました。

この記事を書いた人(著者情報)

rin

教えてASEAN編集部として日々経営者の方にインタビューさせていただいております!

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