ー 有名ラーメン店「麺屋武蔵」出身の五十嵐社長が作る本格とんこつラーメンをはじめ、定食や海鮮丼など多種多様な和食が楽しめる「達磨食堂」。五十嵐社長が飲食業界に入ったきっかけとは?
高校卒業後、何をしていいか分からず、さまざまなアルバイトをしてふらふらしていました。同時に「資格や学歴のない自分が成功するためには、独立することではないか」「一発逆転とも言えるこの挑戦をするなら、今までのアルバイトの経験などを活かせて自分にとって参入障壁が低いと考えられる飲食業だ!」と思い、飲食業の求人に目を通すことに。たくさんの求人を見た中で、給与が1番高かった「麺屋武蔵」に入社することを決めました。
ー 麺屋武蔵での修業の日々はいかがでしたか?
今までいろいろなアルバイトをしたのですが、「できない」という経験がありませんでした。しかし、当時勤務していた「御徒町 麺屋武蔵 武骨」で、初めて「うまくできない」という壁にぶつかりました。「御徒町 麺屋武蔵 武骨」は席数が12席しかない小さなお店だったからこそ、お客様を効率的にご案内するためのオペレーションが完璧でした。そのオペレーションを覚えるのに時間がかかり、「悔しい」気持ちを味わいました。麺屋武蔵では7年ほど働きました。
ー 7年間の修業で気持ちの変化はありましたか?
雇用されている身だと給与に上限があるため「収入の壁」、自分で自由に時間を管理できない「自由の壁」を感じ、将来について悩むようになりました。「一発逆転したい」という想いで飲食業界に飛び込んだのでもともと独立志向でしたが、「独立」という言葉が具体的に見えてきたのも悩み始めたこの時期でした。
ー その後、すぐ独立されたのですか?
いいえ。独立を意識し始めたタイミングで、麺屋武蔵で香港の立ち上げを経験した方から、海外マーケットの将来性を伺う機会がありました。これが初めて海外に目を向けるきっかけになり、その方と一緒に麺屋武蔵のマレーシア店に行くことを決めました。
ー マレーシアではどのようなことをなさったのですか?
店舗スタッフとして接客や調理はもちろんのこと、不採算店舗の立て直し業務を行いました。メニューの改良・集客方法の改善などから黒字店舗へと転換させることができたため、自分に自信がつきました。その後、一旦帰国したものの、今度はシンガポールへ渡ることになりました。
ー シンガポールではどのような経験をされたのですか?
焼鳥屋業態のメニュー開発から、持ち帰り業態の立ち上げを行いました。持ち帰り業態ではオープン後3人で月商1,000万円を売り上げることができ、モチベーションが高まりました。この経験は、私に「飲食業界で稼げる」という確信をくれました。
ー なるほど。その確信が独立へと繋がったのですね。
そうですね!マレーシアで不採算店舗の立て直しをした際に、「独立した際に出店したら、なかなかの業績を挙げられるのではないか」と思いました。その時に、独立するなら日本ではなくマレーシアにしようと決めていました。
両親に土下座してお金を借り、以前マレーシアで働いていた時に知り合ったローカルと共同出資をして法人を設立。2018年7月12日に「達磨食堂」をオープンしました。
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