「酒サムライ」というブランドをご存じだろうか。
日本酒や日本酒をめぐる文化の普及に努める「日本酒造青年協議会」(東京都)が日本酒振興のために委嘱している贈り名だ。
いわば「日本酒大使」。
メンバーには、大企業の顧問や外国人実業家、日本ソムリエ協会会長でソムリエの田崎眞也さん、棋士の谷川浩司さんら豪華陣がずらりと並ぶ。
その中に、ただ一人タイから選ばれた顔がある。
バンコクに本社を置く酒類卸「SCS Trading」代表取締役の鈴木幸代さん。
「日本の酒文化をタイの人々に伝えたい」という思いで始めた事業も来年でもう15年にもなる。
愚直なほどに真面目なその想いを聞いた。
Q:「酒サムライ」について教えてください。
A:日本酒文化を日本国内に、世界に広く伝えていこうという取り組みで、2005年にスタートしました。
これまでに60人以上が選ばれていて、各種イベントや研究事業などを通じて広報啓蒙活動を続けています。
私が叙任した第10代、2015年の叙任式では7人の方々が新たに「酒サムライ」に就くこととなりました。
日本酒文化の背景や日本の風土を世界に発信することを使命としていて、タイにおける私の取り組みや目指す方向性ともピタリと一致しました。
京都・下鴨神社で行われた叙任式にも出席し、日本酒造青年協議会の関谷健会長(愛知・関谷醸造)から叙任状をいただきました。
Q:鈴木さんはタイでどのような取り組みをしているのですか。
A:日本の酒類全般を取り扱う輸入卸売業の会社「SCS Trading」を2003年に設立、その代表を務めています。
現在、取扱酒造メーカーは20都県、33の蔵から日本酒や焼酎などを輸入し、タイの飲食店などに卸しています。
08年にはサッポロビールのタイにおける独占販売権も取得。
ベトナムにあるサッポロビールの工場からできたてのビールを取り寄せています。
タイ国内の和食店(日本食料理店)が3000店(日本食海外普及及推進機構調べ)にも達しようとしている今、和食はタイの人々や暮らしにも深く浸透してきました。
多くのタイ人が好んで口にするようになりました。
とはいえ、日本のお酒はと言えば、存在感はまだまだ。
どういう料理に、どのようなお酒が合うかといった情報さえもあまり伝わってはいません。
日本の文化や風土、歴史と密接に関わり合った、言わば日本人のアイデンティティーとも言える日本のお酒を、タイの方々やさらには日本の方々にも改めて知っていただきたい。
それがきっかけとなって日タイの国際交流が果たせたら。
これが私の切なる願いなのです。
そのためのセミナー講師なども広く引き受けています。
昨年、日本人会が開催したセミナーには定員20名のところ40名の方にご来場いただき、盛況に終了することができました。
Q:蔵元とはどのようなお付き合いの仕方をしているのですか。
A:顔と顔が分かる関係の構築を目指しています。
便利なインターネットの時代ですから、輸出する・輸入するだけの関係でしたらそう難しくはありません。
ただ、それで何が生まれるのか、何が伝わるのかを考えますと、それ以上のものは望めません。
最終的にお客様の口に入るものですし、衛生面でもしっかりとした対応が必要です。
日本のお酒を通じ、日本の文化のやりとりをさせていただいている、そんなふうに考えています。
お取引を始めるにあたっては、直接、蔵元を訪ね、顔と顔を向け合い、趣旨をご説明し、ご納得いただいてから開始する、これを基本としています。
とはいえ、タイから5000キロも離れた日本の蔵元。
時間や費用の負担も決して少なくありません。
いったん向かうとなれば、仕込みが行われる厳冬の時期に短期間で3や4の蔵元を巡ることも珍しくはありません。
当然に強行スケジュールとなります。
ですが、それでも行く。
それが私たちのやり方、使命だと思っています。
Q:どんな思い出がありますか。
A:会社を興して間もない05年のことです。
まだ残暑が厳しい中、鹿児島県の酒造メーカー「小正醸造(鹿児島・日置市)を訪ねたことがあります。
お目当てはイモの香りで知られる「黒の中のくろ」。
ところが、ツテも知り合いも全くない。
とりあえず、県産業会館に行き、連絡を取っていただきました。
先方にしても初めての海外取引。
梱包、通関、保管、配送と乗り越えるべきハードルは山積みでしたが、どうにか数ヶ月後、バンコク港に水揚げされたときは感動で胸がいっぱいになりました。
ほとんどが初めての蔵元ばかり。
ぶっつけ本番、アポなしというのも珍しくありません。
こうして知り合った中に、出羽桜酒造(山形)、南部美人(岩手)、車多酒造(石川)、賀茂鶴酒造(広島)などがあります。
これらの蔵元を1週間で回ったこともあります。
今思えば、感慨深いの一語に尽きます。
今後も少しずつ、確実に取引先を増やしていこうと思っています。
Q:今後の抱負は。
A:おかげさまでお取引先も拡大し、当社のスタッフも育ってきました。
私が先頭に立った蔵元めぐりはいったん区切りとし、そろそろ後進に道を譲っていこうと思っています。
若い人たちには日本の蔵元に直接足を運び、圃場の様子や仕込みの様子を自分の目で見て、何かを感じ取ってほしい。
それが大切なことだと考えています。
私自身は、日本のお酒や文化をさらにタイの社会に、世界に伝えていくという啓蒙活動に重きを置いていきたいと思っています。
来年で会社設立15年、SCS Tradingもようやくここまで来ました。
新たな、次の段階に来たと言ってもよいでしょう。
両親の仕事の関係で英ロンドンに生まれ、日本とイギリスで育った鈴木幸代さん。
航空会社勤務などを経て、タイに渡ったのは23年前のことだった。
当初はプラント商社の駐在員。
タイでの生活を楽しんでいたが、次第に「もっと日本が近くに感じられるような仕事、日本とタイの架け橋になるような仕事がしたい」と起業を決意。
自らも大好きという日本のお酒をタイに届ける仕事を始めた。
動物好きでも知られ、バンコクの自宅では10匹の猫が帰りを待つ。
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