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【TOP INTERVIEW】源 minamoto japanese restaurant 村田 剛一氏

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香港で新しい価値観と出合う

ー 丁寧に下処理した看板メニューの「ホルモン串焼」やリピート率の高い「もりそば」など、なじみ深い日本の味を楽しめると人気の源 Minamoto japanese restaurant」。オーナーの村田氏のご経歴とは?
大学卒業して、インターネット広告会社で営業職に従事していました。当時から漠然と自分で事業を立ち上げたい想いがあり、知り合いが海外にいた影響から、世界にも目を向けていました。しかし、パスポートも持っておらず海外経験は皆無。まずは海外をじかに見てみようと知り合いづてで、東日本大震災が発生した2週間後の2011年3月より2ヶ月ほど香港に行きました。

ー 初めての海外はいかがでしたか?
被災した日本の人々のために、募金活動や支援物資の調達に多くの人が動いていて、感謝するとともにパワーや活気を感じました。夜でも灯りがキラキラとしており街全体が活気づいていて、ますます興味を持ちましたね。「手に職をつけ、海外で生きていきたい」という想いが湧いてきて、飲食業界に入ることを決断しました。

ー どうして飲食業界なのでしょうか?
当時の香港に、大手日系飲食チェーンが進出していたことが理由ですね。2時間待ちの日系飲食店が多数あり、海外における将来性を感じたのです。そこで、知人が中国・上海で設立していた大手企業の進出支援の会社に入社。一度日本に帰国し、約2ヶ月飲食店舗や工場で研修を経て、再び上海に戻りました。

初めての飲食店経営

ー 研修ではどのようなことを学ばれたのですか?
料理の基礎や、現地食材を使用して日本のメニューに近い味を再現する方法などを学びました。中華料理からイタリアン、デザートまで幅広く商品開発を2年ほど担当。現場マネージャーなども経験し、「店づくり」のオペレーションを学びました。次第に自分の店をつくりたいという想いが強くなり独立。2013年に上海で洋食店をオープンしました。

ー 初めての飲食店を海外に出店されたのですね!いかがでしたか?
2013年以降、チャイナプラスワン(※)に加え、大気汚染や物価の高騰が影響したのか、上海の在留邦人数が激減していました。その影響で、店舗の近くに建設されたマンションに入居する在留邦人は少なく、当初予定していた売上を達成することができませんでした……。翌2014年には店舗を売却して帰国することに。

※製造業をメインに、海外の拠点を中国に集中させず、他国・地域へも分散して投資する経営戦略

盛り蕎麦7万5,000ドン(約345円)

ー そうだったのですね……。帰国して何をされたのですか?
飲食関連ではない企業に営業として勤める傍ら、自宅で料理の試作をしていました。「海外で再度チャレンジしたい!」という想いから約3ヶ月かけてASEAN10ヶ国を視察。日本食マーケットや活気などから、ベトナムに興味を持ちました。そこで、知り合いのアジア各地に飲食店を出店している社長に「ベトナム進出はどうですか?」と声を掛けたところ話に乗ってくださり、現地マネージャーとして着任するために渡越しました。

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