金融市場を足がかりに、投資証券市場や住宅金融市場などにも惜しみなく資金を注入。
巨大金融コングロマリットとしての地位を不動なものとした。
こうして作られたグループの傘下には、銀行、保険のほか、英企業との合弁総合商社ロックスレーやファイナンス事業のPhatra Thanakit 、TISCO(のち売却)、不動産のサンシリ・グループ、食品加工のサイアムフーズなどが名を連ねた。
カシコン銀行グループは、事業拡大の一方で、本業である銀行業の見直しや効率化にも注力を惜しまなかった。
チョートの長男バンチャーの時代、近代的な金融理論を学んだ若手バンカーを積極登用し、監査制度の強化や報償金制度の導入など経営の合理化を進めた。
銀行名称の変更(CI)や資金管理システムのOA化、国際進出にも積極的で、海外銀行との提携には今なお余念がない。
こうして、大半の市中銀行が国有化されるという、第2の転機となった1997年の通貨危機をも自力で脱出。
首位を走るバンコック銀行に迫る成長を遂げることができた。
カシコン銀行のバントゥーン現CEOは「自分はラムサム家出身の最後のCEO」と公言してはばからない人物とされる。
すでにグループの大半の株式は市中に放出されており、一族の支配する株式は数%程度と見られている。
外資の受け入れも積極的で、外国人役員の招聘にも意欲を見せる。
カシコン銀行グループが真のナショナルバンクに発展するかどうかは、次の第6世代の体制がどう描かれるかにかかっている。
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