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【TOP INTERVIEW】日本料理Amami 金杉 翔 氏

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学生時代からの夢をかなえ、念願のすし職人となる

ー 日本産の新鮮な魚を使用したすしと刺身をメインに、フォーやバインセオなど日本でもおなじみのベトナム料理を提供している「日本料理Amami」。オーナーを務める金杉氏が飲食業界に入ったきっかけとは?
あまり外食をする家庭ではなかったのですが、中学生時代に家族とすし屋に行き板前さんに魅了されたことがきっかけで、「すし職人になりたい」という想いを漠然と抱くようになりました。高校を卒業して、築地(東京都中央区)の敷居の高い老舗すし店で4年間修業をしたのですが、飲食以外の世界も体験してみたいと思い、3年ほどすしから離れた時期がありました。

ー すしから離れていた時期は、何をされていたのですか?
趣味である車の整備などを仕事にできないかと考え、アルバイトをしていました。別の業界に携わっていると、すしへの想いが強まっていき、25歳の時に再びすし業界に戻りました。

ー 以前と同じお店で修業されたのですか?
いえ、今度は回転寿司などをはじめ、家族で楽しめる価格帯と雰囲気の店、3社ほどで就業しました。賑やかで、気軽に行けるすし店で働きたいと考えたからです。その中で現在の妻と出会いました。妻はベトナム人なのですが、母国に帰りたいという想いを聞き、ベトナムですし職人として働く道を模索し始めました。

予想だにしなかった飲食店オーナーの道へ

ー 具体的にどのようなことをされたのですか?
日本のすし店で修業をしながら、ベトナムですし職人として働ける求人を探しました。しかし、なかなか条件が合わず、見つけるのは至難の業でした。やっと就業先が見つかり、2019年4月に渡越しました。

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ー ベトナムでのすし職人生活はいかがでしたか?
ホーチミンのすし屋で働き始めたのですが、初めての国・職場ということもあり、合わない部分が次々と発覚して転職を考えるように。漫然とした想いで働いていたところ、現地で出会ったベトナム人女性に「一緒に店を持たないか」と声を掛けられて、初めて自分で店を経営することを考え始めました。

ー 初めての経営を海外で。不安はありませんでしたか?
もちろん騙されるのではないか、失敗するのではないかという不安はありました。しかし、声を掛けてくれた女性は既にコーヒー店を経営していたので、ベトナムでの経営ノウハウを持っているという点と、妻に通訳を頼めることから、この方との出店を決断しました。女性はコーヒー店経営で培った人脈などから物件探しとドリンクの仕入れを担うので、メニュー開発、運営をメインに行ってほしいと打診されました。私はすし職人なので、すし店を出店することに決め、魚をメインにしたメニューを考案し始めました。しかし、3ヶ月ほど経過しても物件が決まらず……。しびれを切らし、自分で物件を探すことにしました。

ー どうやって物件を探したのですか?
妻にアテンドしてもらいながら、二人三脚で物件を探しました。これまで自分で店を持った経験がなく、ましてや言葉の通じないベトナムなので大変でした。ようやく物件が見つかり一段落と思った矢先、内装工事で次から次へと問題が発生しました。妻が同行できず私1人で対応しなくてはいけない場合は、翻訳機を使用したのですが、工事業者との意思疎通はうまくいきませんでした。イメージとは異なるものが仕上がっているということがありました。

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