シンガポールの地場ホテル「ビレッジホテル」ブランドのうち、中心部に位置する「ビレッジホテル・ブギス」「ビレッジホテル・アルバートコート」の総支配人(GM)を務めるのが、日本人女性の梅村美嘉さん。
梅村さんは、日本の成田空港、東京都心部、沖縄と、日本のホテルで総支配人を歴任。日本で10年のGM歴を経て、シンガポールの有名財閥の大手土地開発会社ファーイースト・オーガニゼーション傘下でホテル運営事業会社ファーイースト・ホスピタリティのエリアGMに着任したのが2年前。
多国籍国家でアジアのハブ的機能を持つシンガポールは、さまざまな国籍の人が往来し、英語が公用的に話され、外資が容易に参入しやすいビジネス環境。その分、ホテル業界もご多分にもれず、競争環境は熾烈になっています。梅村さんが管轄するホテルがあるエリアには、最近1500室規模の新規ホテルがオープンするなど、競争はさらに激化するいっぽう。
東京都心部のホテル勤務時代には震災を経験し、若い部下たちが、互いに助け合い、思いやり、抜群のチームワークを発揮したことを目の当たりにしたという梅村さんは、日本で経験した日本人の良さをシンガポールの地場企業で働く人たちとも共有したいと、マネジメントに日々奮闘しています。直近では、日本のGM時代に手がけて成功した女性専用ルームのプランや、コスト削減で収益を改善するために行った数々の細かい施策を、シンガポールでも実践。
右肩上がりの経済を続けてきたシンガポールですが、この数年間は経済が停滞するという見通しの中、新規開業ホテルなどとの競争にも「怖くないんです。ついに私の出番が来たな、という感じですね」と自信を見せる梅村さんに、お話を伺いました。
ー日本のホテル業界で経験を積まれてきたので、不況を乗り切るホテル運営はお手のもの、ということでしょうか。
リーマンショックに日中関係の悪化、地震など、色々なことが発生し、その度に経済の浮き沈みの激しさを実感しました。肌感覚としては、2年に一回は日本経済を直撃するようなニュースに触れていたように思いますし、不採算ホテルの立て直しにも運営面から関わりましたので、「不景気」の中でホテルを運営する事には慣れていると思います。
ー近所に大型ホテルが開業しましたが、対抗策は。
まさに販売戦略の見直しに迫られていますね。新規ホテルの唯一の弱点は「部屋が狭い」ことにあります。このホテルの部屋の面積は14〜15平米ぐらいなのですが、商用客は日中、外に出ていたりオフィスにいる事が多いでしょうから、寝るスペースさえ確保できれば問題ないともいえるでしょう。しかし観光客のお客様は違います。この部屋の面積ではリラックスしずらい。その点、私が管轄しているホテルでは、部屋は倍の広さになりますので、快適にお過ごしいただけます。足元が気になる高齢者にも安心して滞在していただけます。
ファミリー向けや子供向けのプランというのは、シンガポールで他のホテルも実施していますが、本気でホテルとして壁紙やインテリアを変えたり、専用のアメニティーを部屋に用意するまでには至っていません。そういう観点からすると、当ホテルがシンガポールで初めての試みと言えると思います。
ー日本ではどのような施策で不況や競争を乗り切ったのですか。
成田空港の駅の近くにあるホテルを管轄した時、駅の向こう側に、新しいホテルが2件、同時期にオープンしたんですね。私が当時管轄していたホテルは、築28年と古かったので、当時、日本で流行していた「女子旅」プランに着目したんです。女性向けに部屋の壁紙を花柄に変えるなどして、女性グループの需要を取り込みました。
開業して半年経たない不採算の都心部のデザイナーズホテルの運営に配属された経験もあります。着任当初、ロビーのソファーの買い直しを迫られました。インテリアデザイナーがデザインして家具もチョイスしていただいた素敵な空間だったのですが、残念なことにソファーの色と素材が、汚れてしまいやすいものでした。それがまた、お値段の高いソファーだったので、家庭用の通販でお手頃なソファーのカバーを探して(笑)。本来ならデザイナーの演出した世界観を壊すわけにはいかないので、同じソファーを新調しなければ、という方向に行きがちなんですが、私は不採算のホテルを立て直すという至上命題で赴任したわけですから、背に腹は代えられません。この予算であれば、数枚買うこともできるので、色違いで購入して季節感も出せるので、かえって良かったよね、ということになりました。
ー細やかな部分まで配慮して収益向上を図る、と。
はい。どこまで細かく踏み込んでやれるかが肝心です。実はこの積み重ねが収益の改善をもたらしてくれるので。でもシンガポールはこの5年、右肩上がりで成長を続けてきましたから、壊れたり汚れたりしたら、新しいものを新調すればいいじゃないか、という考えになりがちなんです。ホテルの共用部分の廊下のカーペットが老朽していて張り替えが必要な部分が見つかったのですが、もう一つの私が管轄しているホテルにカーペットの予備として余っていた分がありましたので、色柄は違ったのですが不自然に見えないように工夫して、素敵な模様に演出できました。このようにコストコントロールがうまくいき、私の管轄している2件のホテルでは、今期は特に収益の向上を実現することができました。
ーホテルの客層は。
ビレッジホテル・ブギスは、中国人のお客様が一番多いですね。次いでインド人、3番目はマレーシア人、4番目が日本人です。ビレッジホテル・アルバートコートは、インド人が1番多くて次に中国人、3番目にオーストラリア人やヨーロッパの人々となっています。
ーどのようなサービスを実施しているのですか。
紋切り型で同列にサービスすることについては疑問があります。お客様の個性は人それぞれですし、人種や宗教、各国の文化もそれぞれ違いますから、サービスに定型はないと考えています。総支配人からのウェルカムレターを用意してあるホテルが多いかと思います。もちろん私が管轄しているホテルも、私からの定型のウェルカムレターはご用意しているのですが、これとは別にお客様に一番近く接しているスタッフが手書きしているんです。私が言い出したことではありません。スタッフからアイデアを募った中から取り入れました。
ー例えばどんなサービスがお客様に喜ばれるのでしょう。
当ホテルでは、シンガポール人、マレーシア人、インド人が多く働いています。お客様と同じ人種のスタッフだとその人種のお客様のツボを心得ているので、メッセージを書いたり、そのお客様にサービスを担当することが多いですね。一例を挙げるとすると、例えばインド人のお客様には、カラフルなデザインのウェルカムカードを用意したり、ベッドに花びらで飾り付けてハネムーンをお祝いしたり、バルーンでお誕生日をお祝いしたりすることが大変喜ばれるようですね。日本人のお客様については、うちのホテルには私しか日本人がいないので、私がウェルカムレターを書くことが多いですね。日本人のお客様から施設について質問の多い事項をまとめ、説明した文書をチェックイン時にお渡しすると、安心感を持っていただけます。
ー多様な民族のスタッフが働いているという点で、日本とは全く違う職場環境ですね。
民族も考え方もばらばら。赴任した当初は、営業部門とオペレーション部門が、けんかしちゃっていたことがありました。売上目標を達成するのは営業部門の役割ですから、売上を上げるために、チェックイン時間を大幅に早めるなど無理なお客様の要望もオーケーしてしまったりしていて、オペレーションサイドからすれば、その要望を呑んでしまうと部屋の清掃が間に合わず、運営的に到底無理でしょ、というような。誰が良い、悪いではなく根本的な原因を探ってみると、各部門にそれぞれ目標値が設定されていて、各部署が目指すゴールが違っていたことが見えてきたので、目標を「ホテル全体の売上高、利益の目標達成」に統一し、各部門長を通じて、スタッフに目指すゴールを共有するようにして、ようやくまとまってきたな、と実感し始めたのは着任して1年経った頃ですね。
スタッフ間のやりとりは、お互いがすぐ見える場所にいてもメールや携帯のSMSでのやりとりが主流になっていましたが、対面でコミュニケーションを図るように努めました。日本では、相手に遠慮してストレートに言わないこともありましたが、西洋スタイルが浸透しているこちらでは、物事をストレートに伝えないと仕事が進まない。「こんな言い方したらきつすぎるかな」と悩んだこともありましたが、郷に入れば郷に従え、と言い聞かせて、物事はストレートに伝えるようにしています。
ー多国籍マネジメントをシンガポールで経験してみてどうですか。
当初は大変かと思っていたのですが、ようは考えようで、そんなに難しいことでもない気がしています。コーラス隊のようなものかな、と。みんな同じトーンで歌うと、雑な歌になってしまうじゃないですか。それぞれのスタッフの個性や特性を理解して、それをどのように調和してコーディネートできるかが、多国籍マネジメントだと思います。お客様に直接サービスを提供するのは、私ではなくスタッフですから、従業員の気持ちを掴むことが大事です。心からお客様をもてなしたいというスタッフの自発的な気持ち、心を醸成していくことが一番の役割だと考えています。
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